Literary Machine Nº9

文学と音楽、ロンドンの陸地で溺れる税理士

他人の金でする賭博は楽しいか

既にほとんど解決し、語られ尽くした感のある4,630万円の誤振込についての備忘をいまさら書こう。税理士であることを忘れないためにも。

  • 今回の国税徴収法に基づく差押えはかなり強引で、差押処分について行政訴訟を起こされるリスクがあったはずだ。もちろん相手方の決済業者の後ろ暗さを突くことで、オンラインカジノなどよりも余程勝算の明らかな賭けだったのだろう。この弁護士の辣腕を称賛したいし、国税徴収法という税理士の試験科目中のギャグ要員*1が面目躍如を果たしたことも祝いたい。だが、公権力に対してこれほど強力な規定が配備されていて、私法上の債権を回収するために転用されたことも忘れてはいけない。

  • 回収できた分については、「法形式的には、容疑者から返還されたことになる」とのことだ。公序良俗に反する行為に基づく債権だという主張に対して、決済業者が本人の口座を介さず阿武町に直接返還したということだろうか。詳細な理屈はよくわからない。

  • 一つ気になるのは、返還させられた分について決済業者が本人に債権を主張するのかどうかだけれども、この返還がなされた経緯を鑑みるとこの件については諦めそうにも思える。となると、彼は少なくとも返還したことになっている分については他人の金でギャンブルができたことになる。これは博徒にとって至高の快楽に違いない。阿武町への残りの債務は請求されるだろうし、その分については課税もされてしまうから、まったくのタダ賭博というわけではないが、それでも強烈にレバレッジを効かせたことは確かである。あの有能な弁護士は金を回収しながら「一番悪い」奴をぶちのめすことにも成功したことになる。ただし、これはあくまでも私の想像に過ぎない。

  • さて、彼が誤って取得した4,630万円は一時所得計算上の「総収入金額とすべき金額」(所得税法第36条)として課税されるべきものだった。この「総収入金額とすべき金額」はその収入の起因となった行為が適法であるかどうかを問わない、と解釈されている(所得税基本通達36-1参照)からだ。この場合の税金は所得税と住民税とで併せてざっと700万円くらいかと思う。

  • 仮定法だ。もしも阿武町の雇った弁護士がポンコツだったとして、彼が返還を拒み続けていた場合に、自ら確定申告をすることはまず期待できぬ超常現象だから、遅かれ早かれ税務署長から更正処分を受けて課税される羽目になっていたに違いない。

  • しかし、確定申告であれ更正処分であれ、いったん課税されたとしてもその後不当利得返還義務を履行して誤入金された金銭を返還しさえすれば、「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われた」ものとして、所得税法第152条および所得税法施行令第274条第1号により更正の請求により税金は還付を受けられたはずである。*2

  • とはいえ、今回阿武町が回収した金額、すなわち本人からの返還がなされた部分の金額については、そもそも所得を構成しないこととなって、最初から課税もされない。未返還の残額について課税されることは言うまでもない。

  • 今回の事案から得た学び: 他人の金でする賭博は最高に楽しいに違いない

*1:納税者の側に立つはずの税理士の試験科目に租税を徴収するための規定が紛れ込む刺激的なアイロニーを指す。

*2:ちなみにこの「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われた」かどうかは、それまで正当な権利行使の結果として得ていたはずの経済的成果が無効の法理によって一転して不当利得であるとされ、不当利得返還義務が生じることを意味するから、現実に返還したときと解する余地はないと主張した裁決事例があるが、国税不服審判所は「現実に返還されたとき」とした。(平21.8.28、裁決事例集No.78 152頁) | 公表裁決事例等の紹介 | 国税不服審判所 これは事業所得についての事案で根拠法令もそもそも異なるが、理由はともかく一時所得であっても結論は変わらないと推測される。