Literary Machine Nº9

文学と音楽、ロンドン帰りの税理士

病牀にて考ふること

病牀というと大袈裟だが、クリスマス前からの風邪が少し長引いていて、ベッドの上で弱っている。昨年もこの時期に体調を崩したので、periodicなものといえる。 もともと身体が屈強なタイプではない。年末頃になるとハードワークの代償の取立てがやってくるのだ。

2024年後半は仕事のキャリア的にはとても有意義だった。自分の中では「第二の躍進」だなと思っている。 第一は、今のファームに入って1年くらいでシニアに上がれたとき。いまでは昔話だけれども。 第二となる今回は、シニアマネージャーに上がった年であり、かつ、来年のディレクター昇進が見えた。いや、見えたといいながら昇進できない可能性もないではないが、大いに期待している。

2023年から2024年の前半くらいまではとても苦しかった。 というのも僕は海外出向によってキャリアアップが遅れたのみならず、帰国した際には仕事のパフォーマンスも明らかに落ちてしまっていた。 同じトラックを走っていた同僚がその間に昇進していて焦った。双六の一回休みにハマったごとく、「海外に行っていなければ」と考えてしまうこともあった。 しかし、不遇の期間をただ愚痴をこぼして過ごすのは意味がないので、これは成長のための雌伏の時期であると思うようにはした。 自分は凹凸のある人生を歩んできたのだから、停滞した分は必ずあとで挽回できるはずだと理性による感情的な説得にすがった。

これを糧に成長できたと思う。いま振り返ると、長らくマネージャーを続けながらもマネージャー業務は大してできていなかったなと感じる。 ようやく自分の個性のもとでエンゲージメントを回すということが自然に、楽しくできるようになった。SMが一番何でもできる時期だと聞いたが、確かにそうなのかもしれない。

というわけで次回昇進しようがしまいが、ファームに残ってパートナーを目指すか、この辺りで独立するかの二択に悩まされる。来年こそは真剣に考えねばなるまい。

1 December 2024

Opinion | How Not to Fall Into Despair - The New York Times

フランクルのTragic optimism(悲劇的楽観主義)が紹介されていた。文脈はトランプ政権になっても絶望しないで前向きに生きようというNY Timesらしい言説だが、トランプのことはさておき感ずるところがあったので、以下抜粋して日本語にしてみた。

「悲劇的楽観主義」は、フランクル博士が人々が直面する3つの悲劇から見出した概念だ(彼が体験したような極限の状況を経験していない人々にも当てはまる)。1つ目の悲劇は「痛み」。なぜなら私たちは肉体と骨でできているため。2つ目は「罪悪感」。私たちには選択の自由があり、そのために、物事がうまくいかない時には自分に責任があると感じてしまうため。3つ目は「喪失」。私たちが大切にしているものすべてが無常であり、自分自身の命もまた例外ではないという現実と向き合わなければならないため。*1

悲劇的楽観主義とは、人生には困難や苦しみが含まれることを認識し、受け入れ、さらには予期しながらも、それでもなお前向きに進んでいこうとする態度を意味する。常に幸福であろうとしたり、幸福でなければならないと考えたりしたところで、人は幸せにはなれないと認める考え方だ。むしろ、悲劇的楽観主義は人間の体験や感情の全範囲に居場所を作る。同じ一日のうちに、ときにはたった一時間のうちに、幸福と悲しみ、希望と恐れ、喪失と可能性を感じることを許すのだ。*2

僕らはものごとに理由や意義を見出そうとするが、世界は何ら意味を有たないものごとで溢れている。例えば、今日僕は家の前を歩いていて小さな蜘蛛を踏み殺しかけたが、彼を踏み殺すかどうかは僕が踏み降ろす足の行き先と、アスファルトの上を徘徊する彼の目指す方角とが一致するかどうかによる。そこには二つの独立した意識があるだけで、どちらの側にも、あえて相手と意識を重複させて関わりを持という思惑はない。このとき、ものごとはしかと偶然の手に委ねられる。

人間界にはルールが存する。ルールがあるから、人は安心して生活ができる。勿論昆虫にだってルールはある。しかし、人間と昆虫はルールを共有していない。ルールを共有していないことは、帰責性の欠如につながる。起こったことに対して、どちらの側も責められることがない。先程の蜘蛛の例がそうだ(申し訳なくて僕の気分が悪くなることはあっても)。

だが、人間同士であってもルールが共有されていなかったり、当事者の少なくとも一方がルールを無視することもある。そうなるとルールと帰責が支配する世界は、偶然性の混沌の原初に戻ってしまう(戻るというと退化のようだが)。究極的には生死が賽の目に委ねられてしまう。ある限定的な環境下において、偶然の死神が災害のように鎌を振り回すということである。鎌に首を撥ねられるかどうかは、運次第。

面白いことにこの偶然性は、相手方が明確な悪意に基づいているときは、ほとんど必然に姿を変えてしまう。つまり、理由は分からないが我が身を執拗に追いかけてくる死神は、必殺の覚悟である。しかし私に落ち度があったからこのような目にあっているという、合理的な説明は得られない。例えばこの点で、ホロコーストは人間の尊重という基本的なルールの完全な埒外にあって、刀を手に確殺のために駆け回っている。(このあたり整理しきれていない)

偶然であれ必然であれ、とにかく意味が分からない世界においてものごとの理由を見出そうとしたところで、合点のいく回答なんぞ得られるはずがない。見つからないものを希求するうちに、いずれ世界はただの理不尽の肉塊となってしまい、如何ともしがたいもどかしさと、自分だけがこの悲劇に苛まれているのだという孤独感に襲われるだろう。これを回避するためか単純に惑わされているだけなのかは分からないが、「新しい意義」を自分で作出してしまう人もいる。例えばワクチン反対派(Anti-vax)。理不尽で孤独な世界を生きるよりは、「新しい意義」を掲げる人達と群れる方が幸せなのかもしれない。

NY Timesの別の記事がこの辺の消息を的確に指摘している気がする。

近年、理性を権力による策略を覆い隠すだけの愚かな遊びだとして拒絶する人が増えている。他にも、自分は特別な真実にアクセスできて、ものごとを疑う義務がなくなったと考える人もいる。まるで徴兵猶予のように。人々を魅了する群衆は荒唐無稽な預言者に従い、非合理的な噂が狂信的な行動を引き起こし、魔法のような思考が常識や専門知識を押しのけている。*3

Opinion | The Surprising Allure of Ignorance - The New York Times

たまたま書斎に積んである和漢朗詠集を手に取った。都良香(みやこよしか)という文人の詩が収められている。収録元は江談抄(ごうだんしょう)の巻四だ。

原文

気霽風櫛新柳鬚 氷消浪洗旧苔鬚〈内宴春暖、都良香〉.
故老伝云、彼此騎馬人、月夜過羅城門誦此句。楼上有声曰、阿波礼々々々、文之神妙自感鬼神也。

翻訳

Airing weather combs the new willow whiskers; melting ice and washing waves cleanse the old moss-covered whiskers.
古老の伝えによると、ある月夜、騎馬の人が羅城門を通りながらこの句を誦じていたという。その時、楼上から「あはれあはれ」と声が響き渡った。この詩句の神妙さが鬼神にすら感銘を与えた証である。

さて、都良香には都氏文集という作があるらしい。ちょっと検索すると、巻第四に北叟讚という漢詩(讚というタイプ)が載っていた。

原文

雖樂勿樂 雖哀勿哀 憂為喜本 福為禍胎
笑終號及 弔去賀來 皤皤朔老 獨鑒于懷

翻訳

楽しめども楽しみに溺れるな、哀しめども過度に哀しむな。 憂いは喜びのもととなり、幸福は不幸を産む胎となる。 笑いが終わって号泣となり、弔いが去って祝賀が訪れる。 白髪の老翁がひとり、こんなことを心中に鑑みるのだ。

この訳は間違っているかもしれない。禍福は糾える縄の如しという言葉があるように、幸と不幸とがタチとネコの如く交互に入れ替わるという発想そのものは古今東西に溢れている。年寄り臭い説教や道徳レッスンには、真実味があるといっても、やはり距離を置きたくなる臭みがある。納豆のような発酵臭だ。よって遠ざけたくもなるが、こちらも年寄りになった際に全く同じことを独りで考えて沈殿する可能性がある。とすると、老翁にならぬうちからこの種の説教の滋味は表面だけで理解したつもりになるのではなく、自分の人生の履歴に絡め、よく噛み締めて味わいたいものだなとも思う。

フランクルが経験した強制収容所のような究極の苦難ーー現在のガザの人々の苦境も思いやられるがーーそのものが僕らの想像と共感を遥かに超えている。のみならず、その環境下で前向きな態度を喪失しないことの難度はさらに推し量りがたい。究極の状況は、対の感覚を同時に激烈に想起させる。「幸福と悲しみ、希望と恐れ、喪失と可能性を同じ一日のうちに、ときには一時間のうちに感じる」というのは二重人格者のような、あるいは精神障害かのようなカオスでさえある。

一方、都良香が云うように幸福の絶頂にあって笑っているときにいずれ号泣が訪れることを考えられるだろうか。

*1:Tragic optimism emerged out of what Dr. Frankl observed to be the three tragedies that everyone faces (not only those of us who have seen the worst of the world, as he had). The first tragedy is pain, because we are made of flesh and bone. The second is guilt, because we have the freedom to make choices and thus feel responsible when things don’t go our way. The third is loss, because we must face the reality that everything we cherish is impermanent, including our own lives.

*2:Tragic optimism means acknowledging, accepting and even expecting that life will contain hardship and hurt, then doing everything we can to move forward with a positive attitude anyway. It recognizes that one cannot be happy by trying to be happy all the time, or worse yet, assuming we ought to be. Rather, tragic optimism holds space for the full range of human experience and emotion, giving us permission to feel happiness and sadness, hope and fear, loss and possibility — sometimes in the same day, and even in the same hour.

*3:Increasing numbers of people today reject reasoning as a fool’s game that only cloaks the machinations of power. Others think instead that they have a special access to truth that exempts them from questioning, like a draft deferment. Mesmerized crowds follow preposterous prophets, irrational rumors trigger fanatical acts and magical thinking crowds out common sense and expertise.

上司ガチャにハズレた部下を救えなかった話

部下の退職が決まった。上司ガチャのハズレによって、職場に適応できなかった。

彼女は私の直接の部下ではないから、私はガチャのハズレには含まれていないと宣言しておきたいところである。しかし適応は、職場環境からの絶えざるフィードバックに耐え切れるかという問題だ。とすれば、私もこの職場にいる以上ハズレの一味たるを免れないであろう。おそらく、この問題に対処するに当たって重要な出発点は、職場の責任を認めることだ。そして、自分の無力さをも。

さて、あまり詳細に書きすぎると差し支えるから、この上司と部下の間で起こった出来事について適宜ぼかして書く。仮に上司を田中、部下をマキコとする。

まず、憔悴したマキコさん当人からしか事情を聴いていない点は容赦されたい。味方が誰もいない(と本人が感じていた)ため、僕は客観・中立的な立場よりはマキコさんをサポートする役割に徹するべきと判断した。また、この問題には多少なりとも義憤を感じているから、当初よりもかなり気分が落ち着いたとはいえ、叙述には強いバイアスがかかっていることは否定できない。

ヒアリング内容等からの構成

マキコさんが転職してきたのはこの一年内である。マキコさんの成長と人事評価に責任を有するキャリアコーチには、田中さんが任命された。田中さんとマキコさんは業務のアサインメントで一緒になることも多く、この組み合わせは全く自然なものだった。

しかし、マキコさんの入社早々に二人の関係に亀裂が入ることになる。入社月の初回1on1で二人が個室で話していると、特定の共通クライアントに関する話題になった。田中さんはこの業務についてマキコさんに期待するところが大きかったから、業務に必要なテクニカルスキルへと話題が派生した。次第にこれこれの条項は知っているか、あれはどうだという審問の様相を呈してきた。マキコさんが困惑しながら回答していると、田中さんはしびれを切らしてこう漏らした。

「こんなことも知らないで〇〇の案件大丈夫!?」

「そういわれても前提の情報が足りないので答えられません」

さすがに堪えきれず、マキコさんが少し言い返すような態度を取ったところ、田中さんは激高してしまった。

マキコさんは、まさかそれほどの感情的な叱責を浴びるとは思っていなかったから、まずは驚愕した。それから、毎月の1on1で密室に二人きりになるのが怖いと感じるようになった。ある日、いつもの通り苦痛の1on1が終わって個室を出ると、近くにいた他部署の人が話しかけてきた。何を言っているかは聞こえなかったものの、激しい話し声で叱責されているようで心配になったので……とのことだった。

マキコさんは、初回に余計な反論をしたことが田中さんを白熱させた原因だったのではないかと考えて、1on1で何を質問されてもできる限り沈黙を貫くようにしてみた。そうすると、言い合いに発展することはなくなったが、「そんな黙っているようではダメ」というような指摘など、別のやり方でチクチク刺してくる。田中さんがマキコさんに関してネガティブな指摘をした後に、誰とは伝えず「これは他の人も言っていたよ」と付け加えるようなこともあった。マキコさんがまだ知りもしない他の同僚や上司達に対する不満を聞かされることもあった。

なお、田中さんには業務関連の連絡をする際に、電話・チャット・メール等をふんだんに駆使して部下を執拗に追いかける習性があるのだが、業務はそもそも当然の義務だから、これはまだ耐えられる。それでも、田中さんからの連絡が来る夢を見て深夜に焦って起きるなどプライベートの時間も浸食されてしまった。そして、精神的な攻撃に晒される1on1の時間はひたすら地獄のように辛かった。

マキコさんは社内で本来最も信頼すべき人物に傷つけられて、他の人達が自分のことを悪く言っているかもしれないという疑心暗鬼を生じて、孤立無援に陥った。

転職から一か月もしないうちに彼女の頭には、退職という単語が浮かんでいた。

相談を受けてから

僕がこれらの事情を聞くことになった経緯は単なる偶然だった。業務のためのミーティングをしていたときに明らかにマキコさんの様子がおかしかったため、少しずつ事情を聞いてみたところ、直前に田中さんから1on1でひどいことを言われて泣いてしまったらしく、感情の制御ができていなかった。即座に対応しなければ最悪の事態に至るほどの緊急性はなさそうに見えたが、強烈な不安状態にあることは分かった。田中さんへの直談判どころか、大事になるのを避けたがっていたので、「今は誰も信じられない状態だと思うので、あなたが良いと言わない限り、この話は誰にも伝えない」と言って、その後も何度か状況を改善するための話し合いを持つことになった。

日頃田中さんは周囲にも「マキコさんがうちに来てくれて助かる」というようなことを漏らしていたから、部下への期待値が高すぎて指導が過熱したケースではないかと思われた。僕がまだ本件について知る前に、同僚達と田中さんを話題にすることがあったが、部下を愛して育成にも熱心であることと、育成が他に類を見ないほど下手で不器用なことについて皆の意見が一致した。そもそも、過去にも新人の女性を数人退職させてきたという「伝説」がある人だった……。それでも、最近は大分落ち着いてきたという評判だったのだ。

口外を避けなければならなかったから、部門長に相談することもできない。そこで、事を荒立てずに何とか田中さんとの1on1を平和なものにできないかという穏当な対応策を考えてみて、一応の方向性が決まった。その翌月くらいに話しかけて様子を訊くと、「平気です」と笑う。あまりに素っ気ない反応で拍子抜けした*1。後で分かったことだが、とある第三者から釘を刺されて周囲にこれ以上相談できないという心理状況になっていたようだ。

しかし、僕は多少は状況が改善されたのだろうと納得し、その頃は既に繁忙期に突入していたこともあって、こまめに彼女を追跡するようなことはしなかった。そのうちに一か月半ほど経って、再びマキコさんからの相談を受けたときには、退職したいが田中さんさんには退職の話などできようもないから、サポートしてくれということだった。

ここに至って彼女の退職の意思を部門長に伝えつつ、部門長とも一緒に何度か面談をしたが、その決断は揺るがなかった。本人が振り返って曰く、コーチとの相性が悪く、職場に適応できなかったのが原因だと。他者を責めないのは「大人」な考え方だとも思うが、今は冷静な判断ができていないのかもしれない。自分を責めるような発想だと退職後の回復にも時間がかかるのではないかなどと、素人ながら想像する。

僕は何度か面談をしながら、彼女を救ける術がないだろうかと思案したわけだが、正直最適解の行動を取れていたとは思われず、未だに暗闇に立ち尽くしている。書籍やネットを当ったところ、適応障害等の医師の診断が前提になっているものか、診断が出てからどう行動すべきかというアドバイスが多かった。心を負傷した部下に対して、前線でどうやって応急処置を施すかという具体的な指針にはなりそうになかった。だが、この種の問題はどこにでもあるだろうから、きっと参考となる情報もあるはずで、僕の探し方が悪かったに違いない。

僕のなかで整理がしきれておらず、ここから先の反省はまだ完了していない。今思っていることや感じることをラフな箇条書きにしておく。

  • 新入社員や転職者は、彼らの存在を承認しながら育成しないといけない。コーチは技術的なトレーニングをしたくとも我慢して、まず彼らの心理的安全性を確保し、互いに信頼関係を築くことを重視すべき
  • 疑心暗鬼になっているマキコさんに対して誰にも口外しないと約束し、それを守った点は彼女の安心材料になったとは思う。ただし、そのために上長を巻き込んだ改善策を図れなかったので、正解だったかは分からない
  • 多分に主観が絡むトピックだし、一面的な話しか聞いていないので、マキコさんにも何かしらの落ち度があった可能性は十分にある。上記が被害妄想ということもないとはいえない。この点はマキコさんの退職後に田中さんに尋ねる機会があろう
  • この手の理不尽が起こったときには、「被害者」に寄り添いつつ、この理不尽さを問題視する態度を示すことが重要だが、我々は精神科医などのプロフェッショナルではないから、メンタルが関わる問題には入り込みすぎてもいけないし、現場だけで解決できるものではない
  • とはいえ職場環境に問題がある場合には、現場で対応した方が被害を抑えられるケースが多いのも事実だろう。この手の問題を放置又は容認している職場全体、とりわけManager(管理職)以上に責任がある(すなわち、僕にも責任がある)
  • (会社や医師により)パワハラだとか適応障害だと認定されていない今回のようなケースでは、程度の差こそあれ心的外傷を受けた人にどう応対してサポートするかということを考えるアプローチが良いのではないか
  • 上司と部下の問題の場合、上司の立場・業績・役割・能力が評価されてしまい問題解決が難しくなる。これに対してまだパフォーマンスを発揮できていない新人は常に過小評価されて分が悪い。「この人が20年いてくれたらあの人を超える貢献をしてくれるだろうから守らなくては」というような比較衡量は期待できない。現時点での貢献度で測定されてしまう。そしてメンタルの強さへの評価も決定的な重しとして、この秤に載せられる

*1:そもそもこの暴露を受ける前から、マキコさんとのコミュニケーションには、どこか核心に辿りつけないような、本当に内容を理解して応答しているのか不安になるような謎の違和感があったが、今振り返ると防御反応のような硬直性のために会話がぎこちなくなっていたのだろうと思う。

12 May 2023, らちちから

ゴールデンウィークが終わるたび、墓場に還る気持ちになる。墓場で休まるのではなく、既に死せる自分自身を埋めるために働くのだ。そんな墓堀りじみた労働の最中に、とあるクライアントにかなり悩まされている。勿論詳細は明かせないが、女性のヒステリアは度し難いとだけ書いておきたい。死んだ体で生きるのと、生きた体で死ぬるのと、どちらが良いか。

人生の儚さといえば、良知力(らちちから)という社会思想史家がいた。名前は変てこだが美しいエッセイを書いた人だ。1985年に癌で亡くなっている。「春と猫塚」というエッセイしか読んだことがないが、人が人生の終焉をこめかみに突きつけられたときの魂の震動が、あらゆる瞬間を大切にすることの重要性を美しく思い出させてくれる。

このエッセイを要約すると、愛猫ぺぺが死んでしまった直後に癌で余命宣告されるという身も蓋もない話だが、さすがに哲学を学んできた人物らしく、本人は冷静に状況を捉えて「死ぬまで生きるだけの話である」と言う。この淡い平静の下に揺らめく悲哀と愛猫や妻子への愛情が読んでいてつらい。だが、微妙な美しさが痛みを上回る。

彼は、まもなく死ぬであろう自分を見つめながら、「もう後にさがる余地はない。不可逆的なときの流れにあえて逆らうという絶望的な構えが残されているだけだ」と語る。

ペペは美人だった姿のままで家族に記憶されている。ペペの墓の前で良知がつい、「もう骸骨になっちまったかな」と言うと妻は憤然、「ペペはちゃんと元のまま、生まれたときと同じ可愛い顔をして眠っていますよ!」と答える。

月並な感想だが、人生は長さではなく、どのように生きるかが重要だということ。だが、人生の限られた長さを余りにも容易に放擲していないだろうかということを自分に問い直すこと。人生が終わらんとする間際になって人間はようやく人生をまともに見つめられるのだという滑稽さを胸に、「ときの流れにあえて逆ら」い続けてみたい。

English

Whenever Golden Week ends, I feel like returning to the graveyard. Instead of resting there, I work hard, burying my already dead body. In the midst of this undertaker-like labour, a particular client has been troubling me these past few days. I cannot reveal the details, but I will say that dealing with female hysteria is difficult. Which is better: living in a dead body or being dead in a lively body?

Speaking of the transience of life, there was a social historian named Chikara Rachi who had an eccentric name but wrote a beautiful essay. He passed away from cancer in 1985. I have only read one of his essays titled "Spring and Cat Mound," but the soul's tremor when a person is faced with the end of life reminds us beautifully of the importance of cherishing every moment.

In summary, the essay tells the story of Rachi being diagnosed with cancer shortly after his beloved cat Pepe died. However, as expected of someone who studied philosophy, Rachi calmly reflects on his situation and says, "It's just a story of living until you die." The sadness and love for his beloved cat, wife, and daughter that flicker under this calmness are painful to read, but the subtle beauty outweighs the pain.

As Rachi reflects on his mortality, he writes, “There is no room for going back anymore. Only a desperate stance of going against the irreversible flow of time remains.”

Pepe is remembered by his family as a beautiful cat. When Rachi stands in front of Pepe's grave and says, "I wonder if she's become a mere skeleton by now," his wife angrily replies, "Pepe is sleeping with the same cute face she had when she was born!"

It may be a cliché, but what is important in life is not its length but how you live it. However, it is important to ask yourself whether you are not too easily wasting the limited length of your life. With the absurdity that humans can only truly reflect on their life at its very end, I want to keep "going against the flow of time" as long as possible.

5 May 2023, 学習について

学習、練習、努力、勉強。

これらを考えるとき、僕らはどうしても目的に向けられた手段としてみてしまいがちだ。

テクニカルスキルというもの

例えば、税理士という職業の場合、実体法たる法人税法相続税法等の法令の理解はもとより、国税庁の法令解釈通達を知らねば実務はままならないし、簿記会計が分からなくては仕訳が理解できない。租税法がよって立つ経済取引や事象という事実関係はまず法的に解釈されなければならないから、民法会社法の基礎的な知識がなくては困ることは多い。

これらは程度の差こそあれ、どんな税理士にも共通して要求されるテクニカルスキルだと思われる。各人のプロフェッショナリズムはその専門分野によって、組織再編、事業承継、移転価格、国際税務その他の領域に展開されていく。クライアントに応じて、業種・業界の特徴やビジネスそのものに対する理解と固有の論点についても知見が求められる。

もちろん求められるのはテクニカルスキルのほかにも夥しい。当然、職業が変われば求められるスキルはまったく異なる。ここではそういったスキルそのものではなく、スキルの学習や習得について考えてみたい。

まずは税理士試験の勉強から。試験勉強というのは非常に単純だ。というのも、目的と手段が明確だからで、ただ試験に合格するためだけに勉強する。だからこそ試験に受かるために合理的・能率的な勉強をしなければいけないし、それ以外のすべては目的に反する障碍でしかない。友人、恋人、家族との触れ合いや飲み会だとか趣味の時間だとかは、試験合格という目的からすれば捨て去るべきものであって、ゴミ同然の価値しかない。

「好きなこと」を数年間我慢する――これは通常人にとっては苦痛そのものかもしれないが、ある種の人にとっては特段苦痛とはならない。この人工的な試験制度というものが、目的・手段(学習)・結果が自然界に反するほど明確に定義づけられているために、むしろ知的なゲームを楽しむかのごとく乗り越えられるのだ。これは税理士試験のみならず大学受験などどんな試験でも同じことだ。

さて、めでたく税理士試験を迂回・通過すると、今度は学習の目的が少しばかり変容する。税理士がなぜ勉強しなければならないのか。それはより良い税理士になるためだ。より良い税理士というのは抽象的なのでいくつか例示すると、クライアントからの信頼を得る、より複雑な業務をこなせるようになる、より高度な案件を処理して稼げるようになる、無理解によって生ずる誤りによる賠償リスクを避けたいなどさまざまな思惑があろう。

目的と手段を結びつける

ここで疑問に思う、試験勉強のように明確な牽連関係が埋め込まれていないとき、手段と目的が結びつくためには何が必要なのだろう。テクニカルスキルの習得とその人が得る収入との間に比例的な因果関係がなければならないのか。*1その前提条件は不要だろう。

「より優れたプロフェッショナル」になるために学習しなければならないとしたら、胸裡にそう信じているとしたら、それだけで目的と手段は安らかに接続したといえるのではないか。目的を果たせると信じて努力でき、何らかの成果が得られるのならばそれで十分だ。

実利を超えて

これまでに述べてきたのはすべて「実利的な必要性」に基づく態度だ。実利によって楼閣を築き上げて、目的を果たそうというような……。そして、ビジネスの世界は常にこの実利主義に支配されている。

しかし、目的を持たない学習や練習も重要だ。たとえば、趣味で楽器を演奏することや、絵を描くことなど、自己成長やクリエイティブな活動も人生に彩りを与えてくれる。自分自身をより深く理解し、自己表現の能力を高めることができる。

もっと純粋にこの世界を楽しむとか好奇心に駆られてというような生き方を、死ぬまできちんと継続したい。そんな思いがする。日々を生きることによって日々自己が実現されていく人生。何らのマイルストーンも要求せず、どこかある一点で人生が好転したり変節することを期待して心を焦がし続けるのは辛い。志は有ちながらも、日々の楽しみと創造性をなくさないようにしたいと思う。

この本の1. 「みどりのパントマイム」から着想。

*1:テクニカルスキルを磨いたところで売上や給与は増えず、稼げないだろうという指摘は無視するとして。

Read more

4 May 2023,

トー横

少し前に話題になった歌舞伎町のジェンダーレストイレが今やパパ活に使われているというニュースを見て、不謹慎ながら笑ってしまった。人間というのはたくましい。とりわけトー横キッズと呼ばれる若者たちの生態はなかなかタフでことごとくrawな。

道傍を歩いているとアスファルトの隙間に雑草が美しい花を咲かせていて「こんなところによく」と感じ入ることがあるけれども、新宿のあんなところに少年少女の暴力と売春の枝葉が過激に伸びて小さなスラムが自生するに至ったというのは、何とも奇妙だ。

トランス

最近トランスの人たちのニュースが国内外で話題だが、丁度こんな動画を観た。動画自体は2年前のもので、40分近くある。要旨は、哲学Youtuberとして7年活動してきた男性がずっとトランスだったということをカムアウトする動画だ。 www.youtube.com

内容はさておき、以下の台詞が印象的だった。

...remembering something is an act of interpretation. And that makes me wonder if you remembered things from your life, what if your interpretation of that thing has changed? Would that make you a different person?

日本語訳:
何かを思い出すということは、解釈するという行為だ。とすると、もしあなたが自分の人生のものごとを何か思い出したときに、そのものごとに対する解釈が変わっていたとしたら。あなたは別人になってしまうのか。

これは発言のコンテクストを踏まえると、これまで男性として生きて経験してきたものごとに対する解釈が女性としての見方に変わっていたらという問題提起だと思う。

過去は自由に解釈の対象となる。シナプスが頼りないせいで記憶は徐々にフェードしていくが、記憶の一義的な参照先はあくまでも過去の事実だ。しかし事実には評価や解釈が手垢のようにこびりついて、いつのまにか記憶と合一化して、記憶されるべきものへと還元されている。僕らが昨日の自分、いや究極的には一秒前の自分、と同じ人間だと思うためにはこの合成記憶が欠かせない。だからこそ、この合成記憶は私が唯一無二の私である証跡なのだ。しかし、久しぶりに記憶を参照したときの解釈がまるで違うものになってしまっていたら、アイデンティティの足場は揺らいでしまう……。

過去と未来の狭間

さて徳冨蘆花の『謀叛論』に収録されている「眼を開け」。明治39年に青山学院で蘆花が行った講演だから、明治44年の「謀叛論」以前の話だ。 shivalak.hatenablog.com

蘆花が引用する詩がある。陳子昂という唐代の詩人の「幽州台に登る歌」から、「前に古人を見ず後に来者を見ず独り愴然として涙下る」と引いている。この詩人は18歳まで無頼の徒だったのが発奮して進士にまでなったという。すなわち、トー横キッズが心を入れ替えて国家公務員になったようなものだな。詩の原文は、

登幽州臺歌
前不見古人,後不見來者。
念天地之悠悠,獨愴然而涕下。

私は過去の賢者を見ることができず、将来の英雄を見ることもできない。過去や未来の人からもまた、私は見えない。私に見えるのは、すべて今のみ。壇上に登って遠くを眺めても、広大な宇宙と空と大地しか見えない。どうしても寂しくて寂しくて仕方がない。ぴえん。

蘆花はこの詩から発進して、詩人のメランコリーと孤独に共感しながらも「思うに我々はトモすると過去とは夢のごときものであるかのように考えますけれども、いずくんぞ知らん今日厳然として生ているのでございます」と云う。そう、上に見たように人は己の過去を解釈し続けることができるけれども、何も自己の過去に限らねばならない法はない。

「静かに顧みて吾胸中に古人ありと思うならば、我もまた将来に人の胸中に生くべきものではありますまいか」

この力技の展開は浪漫があって心を拍たれた。

おれが過去の人々に想いを到すとき、人々は現世において再生され、その声を聴くことができる。そうして、いまこの胸中に人々が生きていることは、おれもまたまだ見ぬ人の胸中に生きうることを意味するのだ。

そう考えてみると、我々は「実に長命」なのだ。物理的な生命は長くて百歳だが、なぜそんなものに拘泥するのか、というような蘆花の声が聴こえてくる。過去と未来から切り離され、その狭間で、参照先もなく参照元ともならない絶望を胸にいだき、かぼそい刹那の綱渡りをする孤独な人々を、蘆花は激励しているのだ。だが、その蘆花自身も孤独な人であったに違いない。

3 May 2023,

ここ数日のブームが幸徳秋水である。というと社会主義者にでもなったのかと思われるかもしれないが、それほど深い理由はない。たまたまこの4月に岩波文庫幸徳秋水の書いた中江兆民の評伝をreissueしていたから手にとったわけだ。それにしても最近は「読書ができている」。UKでくすぶっていた昨年もこのくらいの時期に読書熱が大いに湧いたのだが、安倍元首相の事件を機に、あの究極的な現実でありむしろ超現実のようにも思われる出来事に衝撃を受けたあまり、懐の本を落としてしまってその後沙汰がなかった。その点で、ようやく生き還った心地がする。

だが、今日記したいのは「兆民先生」ではなく、むしろ連鎖的に読んだ徳冨蘆花の「謀叛論」なのだ。

いわゆる大逆事件(幸徳事件)で幸徳秋水ら12名が処刑されたのは明治44年1月24日だった。この事件を受けて、蘆花はわずか8日後である2月1日に旧一高で公演を行ったが、「謀叛論」はその草稿である。現代におけるこの事件の評価は、幸徳らを処刑したかった官憲によるでっちあげらしいが、当時懐疑する者がいたとしても、事件や判決について何か言論することすら憚られるような恐ろしい空気が醸されていたらしい。

そんななか蘆花は彼らの助命を天皇に嘆願する上奏文(本書に併録されている)を書き、処刑後にはこの公演で処刑すべきでなかった由を滔々と語る。彼らは「ただの賊ではない、志士である」からその志を憐れんで死刑にすべきでなく、天皇の寛仁による恩赦によってせめて命は宥し給うべきところを殺してしまった、と。これでは無数の無政府主義者の種子が蒔かれてしまった。当局者は幸徳らの躰を滅することで「無政府主義者を殺し得たつもりでいる。」

しかし、「幸徳らは死ぬるどころか活潑潑地に生きている。現に武蔵野の片隅に寝ていたかくいう僕を曳きずって来て、ここに永生不滅の証拠を見せている。」

理路整然と処刑が悪手であると述べながらも、調子は漸々激越となって、情動が迸るようである。なんと血気盛んな。終いには聴衆に対して「自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀叛である。」とか、「我々は生きねばならぬ、生きるために常に謀叛しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して。」聴衆の一高生たちを大いに奮い立たせたであろう。

そうして結句は以下である。

要するに人格の問題である。諸君、我々は人格を研くことを怠ってはならぬ。

無論これらは修辞とか比喩を多く含んでいて、いわば反撥的に過激に鋭利な言葉を撃ち込んだに過ぎす、実際に国家を顚覆させたり国体を潰滅させるような行為を心から奨励しているのではないと思われる。いつの間にか「謀叛」は革新のような意味にすり替えられている。

最後の人格云々にしても、謀叛によって乱臣賊子と成り果てたとしても、人格さえ磨かれていれば世間輿論は志士として彼を愛惜するであろう、というようなことではないか。所詮は真正の愛国心あらばよし、とも受け取れるような論調だ。

当時の大逆罪が死刑のみとしていた以上は、本質的には裁判所の判断や刑事手続(という表現でよいかわからないが)を責めるべきところ、文士としては天皇の恩赦に全振りするしかなかったというのはかなり脆いが、周囲の援護射撃もないなかでその危うさをカバーするように感情を先鋭化させて突貫していく蘆花の姿には、我々の心に訴えかけてくるものがある。

安倍元首相の暗殺事件については、案外波風の立たぬうちに判決が受け容れられるのかもしれない。個人的怨恨によって事件を起こした容疑者を幸徳秋水に比するのはあまりにもちぐはぐだが、それでも彼の行為をあえて「謀叛」の文脈で補足するのは価値ある考察かもしれない。いずれにせよ裁判の行方は非常な関心事であるなと改めて思った次第。