今日も通達改正を機に話したいことをべらべらと書いていきます。 前回は所得税法59条(みなし譲渡)についてでしたが、第2回である今回は59条に関連して「個人が株式を売買するときの時価」を算定する際に実務上非常に重要な通達59-6の読み方を解説をしてみます。 法人税基本通達9-1-13や9-1-14とも基本的な考え方は同じですよ。
第1回「みなし譲渡」の記事はこちら shivalak.hatenablog.com
2. 改正前の所得税基本通達の定め
以下、改正前の通達ベースで説明します。
2.1. 所基通59-6前段
所得税基本通達59-6の前段には下記のように記載されています。
<所得税基本通達59-6 前段>
法第59条第1項の規定の適用に当たって、譲渡所得の基因となる資産が株式(株主又は投資主となる権利、株式の割当てを受ける権利、新株予約権(新投資口予約権を含む。以下この項において同じ。)及び新株予約権の割当てを受ける権利を含む。以下この項において同じ。)である場合の同項に規定する「その時における価額」とは、23~35共-9に準じて算定した価額による。
59条1項の適用に当たって、株式の時価は23~35共-9に準じて算定するとあるので、そちらへジャンプします。
2.2. 所基通23~35共-9
所得税基本通達23~35共-9は本来みなし譲渡とは異なる規定の適用に当たって、株式の類型別に時価の算定方法を定めたものです。知らない条文番号や文言が入っていますが、準用しにやって来ているので、その辺はあまり気にしなくてOKです。
<所得税基本通達23~35共-9 本文>
令第84条第3項第1号及び第2号に掲げる権利の行使の日又は同項第3号に掲げる権利に基づく払込み若しくは給付の期日(払込み又は給付の期間の定めがある場合には、当該払込み又は給付をした日。以下この項において「権利行使日等」という。)における同条第3項本文の株式の価額は、次に掲げる場合に応じ、それぞれ次による。
この「次に掲げる場合」として下表の4類型が挙げられています。
<59-6の株式の類型>
# | 株式の類型 |
---|---|
(1) | これらの権利の行使により取得する株式が金融商品取引所に上場されている場合 |
(2) | これらの権利の行使により取得する株式に係る旧株が金融商品取引所に上場されている場合において、当該株式が上場されていないとき |
(3) | (1)の株式及び(2)の旧株が金融商品取引所に上場されていない場合において、当該株式又は当該旧株につき気配相場の価格があるとき |
(4) | (1)から(3)までに掲げる場合以外の場合 |
いわゆる非上場株式であれば(4)に従うわけなんですが、(4)はさらに下表の4類型に分けられています。
<59-6(4)の非上場株式の類型>
# | 非上場株式の類型 | 時価の算定方法 |
---|---|---|
イ | 売買実例のあるもの | 最近において売買の行われたもののうち適正と認められる価額 |
ロ | 公開途上にある株式で、当該株式の上場又は登録に際して株式の公募又は売出し(以下この項において「公募等」という。)が行われるもの(イに該当するものを除く。) | 金融商品取引所又は日本証券業協会の内規によって行われるブックビルディング方式又は競争入札方式のいずれかの方式により決定される公募等の価格等を参酌して通常取引されると認められる価額 |
ハ | 売買実例のないものでその株式の発行法人と事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人の株式の価額があるもの | 当該価額に比準して推定した価額 |
ニ | イからハまでに該当しないもの | 権利行使日等又は権利行使日等に最も近い日におけるその株式の発行法人の1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額 |
非上場株式といえども売買実例がある場合にはその価額を使うべしという点は留意が必要です(価額が適正な場合に限られるため、これはこれで揉めたりします)。
しかし、実際はイの売買実例もなければ、ロの公開途上でもなく、ハの類似する他の法人の価額も得られないというケースがほとんどだと思います。 よその似た会社の非上場株式の時価を入手できる見込みなどありません。 街を歩いていて、「私とあなたは背格好が近いですね。参考までにあなたの年収はいくらですか?」 と訊かれて答えますか、ということです。
したがって、非上場株式の時価といえば、基本的には23~35共-9(4)二に該当すると思って差し支えありません。 「純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」というのは、会社の資産・負債をすべて清算価値である時価に置き換えて評価する方法(「時価純資産価額」といわれます)をベースに算定しなさいということです。 詳細には立ち入りませんが、基本的に税務上算定される時価としては高くなりがちです。
59条のみならず、非上場株式の「税務上の時価」というときにはこの時価純資産価額が根底にあることは頭に入れておきましょう。
これで非上場株式の時価が見えてきました。とはいえ、我々が知りたいのは、59条適用時の非上場株式の「税務上の時価」です。59-6に戻りましょう。
2.3. 所基通59-6後段
今度は所得税基本通達59-6の後段を見ます。
<所得税基本通達59-6 後段>
……この場合、23~35共-9の(4)ニに定める「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」<とは、原則として、次によることを条件に、昭和39年4月25日付直資56・直審(資)17「財産評価基本通達」(法令解釈通達)の178から189-7まで(取引相場のない株式の評価)の例により算定した価額とする。
これを読むと分かりますが、一定の留保条件(4条件として次項で説明します)を満たしたときには、
純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額
= 財産評価基本通達178~189-7の例により算定した価額
として、財産評価基本通達ベースで非上場株式の時価を算定してよいということです。 右辺を左辺に代入するイメージです。
ここで財産評価基本通達の解説はしませんが、59-6に従い23~35共-9に準じて評価するときは、評価額に類似業種比準価額をブレンドする余地が出てきます。 基本的に、類似業種比順価額をブレンドできる≈評価額(時価)が下がると考えて良いので、みなし譲渡の判定上、納税者にとって有利なことが多いのです。
では、4条件とは何でしょうか。
2.4. 所基通59-6後段の4条件
4条件は次の通り定まっています。財産評価基本通達は相続税や贈与税の算定のためのものであって、これをそのまま適用すると不都合を生じかねないので、一定のケースごとに財産評価基本通達の内容を書き換えたり制限して評価せよ、というものです。
<所得税基本通達 59-6 後段(4条件)>
# | ケース | 書き換え・制限 |
---|---|---|
(1) | 財産評価基本通達188の(1)に定める「同族株主」に該当するかどうか | 株式を譲渡又は贈与した個人の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定する |
(2) | 当該株式の価額につき財産評価基本通達 179の例により算定する場合(同通達189-3の(1)において同通達179に準じて算定する場合を含む。)において、株式を譲渡又は贈与した個人が当該株式の発行会社にとって同通達188の(2)に定める「中心的な同族株主」に該当するとき | 当該発行会社は常に同通達178に定める「小会社」に該当するものとしてその例による |
(3) | 当該株式の発行会社が土地(土地の上に存する権利を含む。)又は金融商品取引所に上場されている有価証券を有しているとき | 財産評価基本通達185の本文に定める「1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)」の計算に当たり、これらの資産については、当該譲渡又は贈与の時における価額による |
(4) | 財産評価基本通達185の本文に定める「1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)」の計算 | 同通達186-2により計算した評価差額に対する法人税額等に相当する金額は控除しない |
(3)や(4)は書いてある通りなので飛ばしますが、(3)の土地の時価への置き換えは、例えば路線価ベースでの評価額を80%で割り返すことが多い気がします。これは路線価が公示価格の80%程度になるように設定されていることから、割り返しによって公示価格=市場価格により近い時価に変換できるという理屈です。実務界隈ではこれが王道だと思います。
このうち改正の機縁となった事件では、(1)の解釈が争点となりました。
3. 論点(所基通59-6(1)の問題)
次回紹介する最高裁判決でも問題となり、今回改正された通達は、上記4条件のうち(1)の部分だったのですが、これは財産評価基本通達188に関連するものです。 そこで、何が問題なのかを確認しておきたいと思います。視点を転じて相続税や贈与税の世界の話から見ていきます。
3.1. 相続税・贈与税
財産評価基本通達は、非上場株式の時価は原則として類似業種比順方式や純資産価額方式によって評価するように定めていますが、同通達188は、「同族株主以外の株主等」(ざっくりと少数株主です)が相続や贈与により取得した非上場株式については、特例的に配当還元方式によって評価することとしています。過去数年の配当実績だけで算定するため、この配当還元価額というのはたいてい激安な評価になります。原則的評価と比べると、百貨店と百円ショップくらい金額が違います。
そして、この「同族株主以外の株主等」に該当するかどうかの判定は議決権ベースで行うこととされており、誰の議決権で判定するかというと、株式の取得者(相続人や受贈者など)を基準としてその親族などの議決権も加味して判定することとされています。 (詳細の判定方法はフローチャートなどがネット上にありますのでググってください)
これは、事業や経営に携わる機会や影響度が少ないであろう少数株主などが取得した株式の価値は、その取得者にとって単に配当を期待するものに留まるであろうことや、類似業種比順方式や純資産価額方式による評価を行うための資料の入手が困難であることなどを考慮したものです。
3.2. 所得税
一方で、これまで見てきた所得税の世界に視点を戻すと、所得税法59条は譲渡所得に係る特例的な規定でした。時価で売買していないのに、時価で売買したとみなして課税される譲渡が規定されているのでしたね。
そもそも譲渡所得というのは譲渡者が資産を保有していた期間の値上がり益(キャピタル・ゲイン)に対して課税するものです。とすると、相続税や贈与税とは異なり、その株式を所有・保有していた譲渡者を基準として配当還元方式により評価できるかどうかを判定することが妥当なように思えます。 実際、上記2.で解説した59-6後段の4条件の(1)では「財産評価基本通達188の(1)に定める「同族株主」に該当するかどうか」は、譲渡者の譲渡直税のステータスで判定すると定められています。
しかし、財基通188は(1)から(4)まで議決権のパターンを用意しているのです。にもかかわらず、所基通59-6(1)は財基通188(1)だけしか言及していません。
「4条件の2つ目も188(2)とあるけど、関係ないの?」という疑問が生ずるかもしれませんが、これは(2)の「中心的な同族株主」に該当した後の制限なので、判定に関するものではありません。
通達を法令のように忠実に解釈していいのかという疑問はさておき(次回触れます)、通達の書きぶりだけを気にするとこのような整理になりそうです。「<-」は準用と思ってください。 なお、判定者は納税者と連動するため、解釈の余地はありません。
税目 | 通達 | 「同族株主以外の株主等」の判定者 | 判定時点 |
---|---|---|---|
相続税・贈与税 | 財基通188(1)~(4) | 取得者(相続人・受贈者等) | 取得後 |
所得税 | 所基通59-6(1) <- 財基通188(1) | 譲渡者 | 譲渡直前 |
所得税 | 所基通59-6(1) <- 財基通188(2)~(4) | 譲渡者 | 譲渡後? |
しかし、本当にそれでいいんでしょうか……? 改正の機縁となった事件では、財基通188(1)に該当しうるケースではなく、188(3)に該当しうるケースでした。そこで、納税者はこの表と同種の主張に基づき、譲渡後の議決権に基づいて判定を行うのだと主張しました。
なぜ争ったかといえば、譲渡後なのか譲渡直前なのかで、激安の配当還元価額を使える・使えないかの分かれ目になったからです!
この点については最高裁判決を交えて次回説明します。