Literary Machine Nº9

文学と音楽、ロンドンの陸地で溺れる税理士

所得税基本通達59-6改正の余波 第1回「みなし譲渡」

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税務界隈に激震が走っています。

ちょっと盛ってます。

というのも所得税基本通達59-6の改正に当たって出されたパブコメの結果公表に「えっなにそれ……それじゃうちら間違ってたんじゃん」っていう実務家勢ぶん殴り系のハンマー攻撃が含まれていたからです。改正自体は極めて妥当だと思うんですが、なんか余波がチクチクする超音波だみたいな、明後日の方角から槍で刺されたことのある人なら分かる、アノ感覚です。

ということでその改正のきっかけとなった最高裁判決の紹介や非上場株式の時価の算定方法について、横断的に解説したいと思います。

が、所得税法59条の解説から始めたら最高裁判決はおろか59-6にすら辿り着けなかったので、本筋となる続きは次回からということで……今回は導入部です。

所得税基本通達23~35共-9と59-6(および法人税基本通達9-1-13と9-1-14)の関係の話は、僕自身が事務所に入ったばかりの月に早速アサインされた株価算定業務の際にだいぶ悩まされた記憶があります。重要でありながら、試験勉強では聞かない話だと思います。

税理士試験受験生や税務1年目の方にも読んでいただきたいという気持ちです。

1. 所得税法59条1項について

1.1. みなし譲渡

所得税法59条1項は、個人が法人に対して資産を贈与又は低額譲渡したとき等に、時価による譲渡があったものとみなす規定です。 これにより、その資産の所有期間中における値上がり益(Capital Gain)について,所有者であった個人に所得税が課されることとなります。

低額譲渡というのは、「著しく低い価額による譲渡」なのですが、政令(所得税法施行令169条)において時価の1/2未満とされています。 つまり、59条1項は個人が法人に対して、時価の1/2未満(0を含む)の対価しか受け取らないで資産を譲渡したとき、時価相当の対価を受け取ったものとみなして課税する規定だといえます。

要するにみなし譲渡課税を受ける対価xの範囲はこれ。

0 \leq x \lt 時価 \times \displaystyle\frac{1}{2}

所得税法は、原則として収入として実現したキャピタル・ゲインについてのみ課税する(実現主義)のですが、この規定はその例外を定めたものです。 無償譲渡の際に時価に置き換えて課税するということは、収入として実現していないキャピタル・ゲインに対してフルに課税することを意味します。

例えば、ある人が時価1億円の何らかの資産を会社に贈与したときに「金はもらってねぇんだから課税なんかされねぇべ」っていうのは通用せず、1億円で売ったのと同じ取り扱いがなされます。 この人は鐚一文受け取っていないのにもかかわらず、課税されることになってしまい、納税資金の問題が湧出したり、不公平感もMAXです。

実現主義に反しているじゃないか、という声も聞こえそうですが、資産の値上がり益という未実現の利得が原則として課税されていないのは、立法政策上そうされているだけであって、性質としては所得であるのだから、例外的に課税することは全く問題ないという形であっさり斬り捨てられます。

そういうわけで実務上はみなし譲渡課税は避けられます。Tax Avoidanceではなく、時価に応じた対価をきちんと設定するということです。

1.2. 沿革、みなし譲渡という名

少し横道に逸れます。

この59条の規定の歴史は長く、シャウプ勧告に基づいて1950年に制定されたのですが、当時の税制改正の解説において、趣旨が記されています。

時価よりも低い価額で譲渡した場合で、その程度のはなはだしいもの、すなわち時価の2分の1未満で売つたような場合には、その時価によつて譲渡所得の計算をするということにして、租税の逋脱を防止しておるわけであります。」

その後も改正が重ねられていますが、トレンドとしては、適用対象となる資産の移転が狭められています。 過去の範囲は所得税基本通達60-1の(表4)に一覧としてまとめられています。 美意識の高い方は、フォントのあまりの汚さに思わず嘔吐してしまうかもしれません。閲覧注意。

この59条、法令集などで見出しを見ると「贈与等の場合の譲渡所得等の特例」とありますが、一般には「みなし譲渡(課税)」と呼ばれます。 へその曲がった人は「この規定は譲渡があったものとみなすのではなく、時価による譲渡があったものとみなすのだから、いってみれば『時価みなし譲渡』が適切なのだ」と言うかもしれません。 どうぞ無視してください。そういう輩は。

(時価による譲渡があったものと)みなす譲渡、だからみなし譲渡で良いと思います。

1.3. で、時価はいくら?

さて、この規定で重要なのは、結局時価はいくらなのかということです。みなし譲渡課税の裏を返せば、時価の1/2というトリガー以上の対価で譲渡する限り、実際の対価を以て課税されてストーリーが完結します。 時価への置き換えなどという蒸し返しは生じないということです。

しかし、時価が分からなければ、どこに向かってボールを投げればいい(時価で課税されない)のかが分かりません。

時価といえば、例えば上場している株式であれば日々の多量の取引によって形成される価格があるので、時価(客観的な市場価値)らしいものが容易に取れそうです。 税務上も上場株式であればこれを時価と認めるのですが、取引相場のない株式(以下「非上場株式」という)の場合には客観的な市場が存在しないのが難点です。

すべてを見通せる神の視点に立てば、一回も取引されたことのない株式の本源的・イデア的な価値が分かるかもしれませんが、納税者はもとより、お上といえどもそんな価値は出せません。お上 is not お神。 そのため時価が争点となりやすく、今回の通達改正の機縁となった事件においても、非上場株式の時価が納税者と国税との間で争われました。

1.4. 時価争いのインパク

時価についての争いによって何が起こるかといえば、みなし譲渡の要件(トリガー)と要件を満たしたときの効果(時価課税)の双方を変動させます。 例えば、個人株主が会社の株式の時価を8億円と評価して、他社との間で時価の1/2の価額である4億円を対価として売買をし、4億円の20%である0.8億円*1を納税したとします。

しかしこれについて税務調査があり、当局から計算誤りがあって時価は10億円であるという指摘を受け、これを認めたとします。 すると、時価の1/2の価額は5億円であるということになります。売買の対価が4億円であったのは事実ですから変わりません。 したがって、時価の1/2未満の価額で譲渡していたという扱いになって、時価である10億円の20%である2億円納税すべきであったということになり、1.2億円+ペナルティの追加納付が生じます。

なお、要件から明らかなように、当初から納税者が自ら算定した時価を対価xとしていた場合であっても、後々指摘される時価が対価xの2倍超になってしまうと、みなし譲渡課税が起こります。

0 \leq x \lt 時価 \times \displaystyle\frac{1}{2}

0 \leq 2x \lt 時価

後に紹介する最高裁判決に係る事例では、納税者の算定した1株あたり75円から当局による計算で2,505円に激増しているので、2倍などというチンケなレベルではありません。余裕のみなし譲渡課税です。

このように時価の帰趨によって、後から多大な追加納税額が発生しかねないため、時価の算定が非常に重要なわけです。

そこで疑問が生じます。 「その時価はどうやって算定するんですか?」

対象資産が株式である場合の時価の算定方法は、まさに今回改正された所得税基本通達59-6等に定められていますので、次回はその解説をしたいと思います。

*1:税率は簡素化し、取得費等を考慮せず対価=キャピタルゲインとしています